Dama bind ci leggy

このからだでやっているのは

己しかいないとおもう。

 

相手への思いやり

わたしはまだまだのレベル。

気づくのがおそい。

相手を目の前にしてだと

思いやることより、

自分を良く見せようとしてしまう。

 

どうしたら

相手がよろこぶか、

たのしいか、

そこだけでいいはず。

だけれど時と場合によっては

気づきのために

注意することだってあるとおもう。

それは

何への気づきなのだろうか。

 

相手の人生のためになることなら

伝える。

 

人には

口がある。

言葉がある。

だから

使う。

 

他の動物とは

日本語でも英語でもおしゃべりはできない。いまのところ、己は。

 

人とは話ができる。

話をしないといけないから

言葉が話せるのだとおもう。

 

言葉は

人が

生きるために使う。

 

互いに生きるために、

命あるものたちが

生きていけるように。

 

やさしく

イメージする。

 

お茶を飲もう。

コップを手に取り

口に運ぶ。

 

お茶を飲むという未来の想像が

現実になる。

 

まるごとが

じんせい

そのもの。

 

 

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