心配はよろこびなのかって

今日も一日お疲れ様でした。

日本語しか書けないわ。

今日も落ち込む一日でした。総じてよい日ということである。

だいたい落ち込む日というのは自分はダメやなという経験をし、何かしらの経験があった時に起こる。

今日は落ちていますよ。

まず思い出すのは初見の女性との会話。

変な人に思われないようにという気持ちが表に出すぎた。

分かったふりをするのがばれるといけないから、分かっていないことを表に出した。

そしたら説明が面倒くさそうで、こいつ変なところ気にしすぎだろみたいな感じになっちゃった。

そういうところあるある、この人。

 

今米を炊いていた。その時思った。

わたしは認められたいということに。

それって自我なので、自我がなければ、このようなことで悩まないでしょう。

自我がなければなーなどと思っている時点で自我をおもっているわけで、いつまでたっても自我がまとわりつく人生になるでしょう。

友達がほしかったり、少しでもいいからがんばっているねと言われてみたかったり、

そういう気持ちというのは自我なんだと思うのです。

それが悪いことだとは思いませんが(突如敬語)

その気持ちに傾いてしまうことは怖いことだと思います。

思い通りにいかないことに嘆いてしまい、

今ここにいられることへの感謝を忘れてしまうと

引き寄せるものは楽しいとは逆のものになるでしょう。

せっかく生きるなら、これが修行だとわかっているなら、

たのしくやりたいものである。

自我との付き合い方も修行の一環で

特に私は自我に振り回されがちなので、

心が揺さぶられたときは、ふとこの気持ちはなんだろうと

歌ってみるくらいの余裕を持ちたいものである。

 

つまりは今も自我さんに傾いているわけだ。

日頃の感謝はある。

楽しくいきたい。

そう思っているなら、そっちにマインドをシフトすればって話。

 

しかしながら

この認められた時の気持ちよさ、

言い方悪いけど、ちょっと勝者や憧れの存在みたいな立ち位置になれたときの優越感って一体なんなのだろう。

それになりたい、そういう人間でありたい、それが私、

それが自己。

そんなわけないやん。

結局謎の尺度、結局周りからの評価。

昔と変わってないわ。

自己のなさ。

そりゃ自己紹介もできないわけだ。

本当に話が下手。

あきれる。

なにをしたらいいのだ。

 

気づいたことは人と関わると気づきがあるということ。

これを重ねていけば成長できるのかもしれない。

人と関わること。

自然と関わりたいと思っているけれど、

もちろんそれも大切なことで、恩恵受けまくりですから敬意をもって生きていくことは大前提として、人と関わることをこれまで以上に大切な経験であることに気づいていよう。感謝して関わろう。

だって私を成長に導いてくれる経験なのだから。

そこに成長したい気持ちをなくしたら意味がない。

どうやって人と関わるかって、

相手がどう思うか考え、積極的に発言・行動してみること、逃げないこと、一回しかないことを覚えていること。

相手のよろこびは自分のよろこびになる。

 

実はシンプルなのかも。

ただそれだけだったりして。

なにがよろこびなのか。

そうしたら自我との付き合い方、変わりそう。

悩む矛先が変わるからね。

 

さあ寝るか

 

 

 

 

クセとつきあう

おなかがいたい。

 

たいせつにされたい欲望はどうしてうまれるのだろう

 

たいせつにされていないと感じると落ちる落ちる。

そして泣く。

昨年とおなじパターンだ。

つらいと言えない苦しみはどうしたらいいのだろう。

 

おなかがいたいんだ。

たいせつにされたいきもちは

どこへ持っていけば良いのだろう。

つらくて、どうしたら良いのかわからない。自律神経がめちゃくちゃなのか、どうしたらいいのかわからないし、落ち着かない。

ただ、おなかがいたいんだ。

つらいんだ。

たすけてほしいんだ。

さがるときは最高に下がる。

すべてが嫌になる。

暗くなる。

味方なんかいないし、皆バカにしているし、たいせつになんかしてくれない。

泣きたいから、泣く。

ただそれだけだ。

もやっとしたものは

不快感

なにがだるくさせているのか

味気ないのにたべてしまう

うっそうとして晴れない頃

ついさっきまで上がっていたのに

 

ブルーだというなら

そうなのかもしれない

だけど笑えない今は

 

蜘蛛の子が散っていく

蜘蛛の巣を作っていく

 

ひとりになりたいのに

ふれてくる虫たち

なにからひとりというのか

 

眠いのに寝られない

会うときがこわい

 

またおこり

気分を害す

付き合うのが疲れるんだ

 

苦しいのに

辛いのに

 

平々凡々のつもり

 

とにかく眠いんだ

やすませてくれ

フの旅

ふまん

ふあん

負の要素

 

フを取ったら

あんまんの要素。

 

そんなことはどうでもいいんだけど

 

やはり旅はたいせつだ。

めちゃくちゃたいせつだよ。

新しい要素を取り入れて自分にする。

それは日常にあるのかもしれない。

でも旅は日常ではないから

普段と違う心持ちで物事を見ることができるし、考えられる。

合わせた焦点のどれもこれもが

目新しくて

どきどきする。

出逢えた友達の雰囲気と

とりまく環境に

わくわくする。

旅先の彼らは

そこでの暮らしが日常なのに

私にとっては旅先になる。

それはうれしくて

たのしくて

ときに不安で

自分の感じていることに

敏感になる。

 

吸収して

戻った日常で

吐き出したい。

 

こうして人は

暮らしていくのか。

日常の暮らしは

自分を表す。

表した表現は

自分以外の者が受け取る。

無意識もそれは表現になる。

無意識ですることも

有意識ですることも

すべて表現として

受け取られる。

 

見てくれる人は

縁のある人

 

すてきなものを感じ

受け取ってほしい。

 

だから人は

旅をして

日常に

旅で得た

すてきな要素を

とりいれていくんだ。

 

たのしい日々を 

創っていこう

 

 

野菜yasai vegetable

4月1日

コンクリートからの唐辛子

ブルーベリー

seed ホーリーバジル

クレソン

ビタークレス

小松菜

 

端っこ

ディル

マリーゴールド

花2

 

鉢の中

ナス

おしん大根

ニンジン

オクラ

あしたば

ルッコラ

ズッキーニ

ひまわり

きゅうり

 

4月2日

レモン

アップルミント

ミニトマト

パセリ

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Life is full of ups and downs

インドからかえってきた

日本で乳鉢を買った

家でサンブラーニを細かく擂っていた

けっこうごりごりとした音が響く

 

「なにやってんだ?」

「粉を摺っています。」

「・・・そうか。」

 

その間はなんだろう

 

家にあった炭も擂って混ぜて

練った

 

手が黒い

なかなかとれない

 

英語の勉強をしないとなと思う

 

昨日は謎の夜だった

体験しないとなんでもわからない

学べない

 

だからわたしは大事にする

 

いつだって

勇気をだして

やってみるだけ

 

その発信元は

なんのため

 

 

 

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スリランカの旅

スリランカに行ってみた。

 

コロンボの空港からコロンボ市内までの移動は

タクシーかバスかチャーターか。

空港でお兄さんが話しかけてきた。

値段はいくらくらいかわからない。

交渉する。

1700RPで車をチャーター。

高速代300RPを支払う。

結果2000RP。

そのくらいが相場みたい。

 

帰りは

コロンボフォートからバスで空港へ。

お兄さんが「エアポート!」と大きな声を出している。

バス乗り場はとてもひろい。

空港行きのバスの乗り場がわからなくても、

バス乗り場にいる人に「エアポート」と話しかけたら、

「あっちだ。」と教えてくれる。

大きめのバスだった。

運賃は300RP。

バスに乗ったときは誰一人乗っていなかったが

ちらほら乗ってきて

20分くらい経ったら出発した。

途中でもお客さんを乗せて満席に。

1時間くらい乗った。

 

 

コロンボからゴール(ブッサ)へは小さめの乗り合いバスで。

これもまた300RPだった。

乗車時間は約3時間。

大きめのバスなら100RPだとブッサで出逢ったおじさんは話していたが、

300RPでも安い。

国営と私営があるとのこと。

 

オートリキシャ(スリーウィラー、トゥクトゥク)も乗った。

コロンボはメーター制だったが、

ゴールは事前交渉制だった。100RP/kmの計算かと感じた。

 

わたしは交渉が苦手。

日本では日常で値段交渉することはない。

値段交渉はコミュニケーションだ。

市場での買い物も値段交渉が必須だ。

値段がある環境で育ったからなのか、

どうしても底値で買いたいと思ってしまうからなのか、

ふっかけられている感覚が嫌なのか。

値段交渉というコミュニケーションをたのしめたらいいね。

 

スリランカは観光の国ですた。

 

 

 

 

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